専門医の立場からみた ALS の地域医療

市立四日市病院 神経内科・リハビリテーション科  家田俊明

 ワールドカップ南アフリカ大会も終わり、皆さんも日本代表の大健闘に胸がすく思いだったことでしょう。私は、市立四日市病院神経内科の家田俊明と 申します。2010年4月18日には、みえalsの会総会で「専門医の立場からみたALS の地域医療」と題して皆さんにお話をさせていただきました。 今回は山中先生からその要旨をまとめて、会報に掲載するようにとのご依頼があり、前後二篇にわけて寄稿させていただきます。
 
 
 当日は、ALSという病気を主に医療に携わる立場からお話もうしあげました。まず、ALSの診療に携わるお医者さんの立場から患者さんに対する気持ちをお伝えし、ついで、ALS の療養を支える地域医療の立場から、四日市での経験と 実情を報告いたしました。
 
 
 今回は主に診断と呼吸療法以外の治療についてお話し、次回は呼吸療法と 地域医療のお話をさせていただこうと思います。
 
 
 ALSの病態については、脳から脊髄、 末梢神経を経て筋肉に至るまでの運動 神経の変性が原因であることは分かっ ていますが、さらにその原因となると、 グルタミン酸過剰説、SOD遺伝子異常 説など、さまざまな仮説はあるものの、 結論にはいたっていません。
 
 
  したがって、診断もすでに障害をきたしている神経細胞の変化の結果を採血や筋電図などで見ているにすぎません。しかし、神経細胞に生じた異常が積もり積もって筋力の低下が出現するまでにはずいぶん時間がかかります。
 
 ある報告では脊髄の前角細胞(運動の末梢神経の出発点にあたります。)の 7割程度が脱落しないと、筋力の低下は出現しないとのことです。確実な診断がくだせるような神経症候が出そろうまでにはさらに時間がかかるうえ、ALSに よく似た症候を呈する他の疾患もたくさんあるので、初期の診断は必ずしも 容易ではありません。
 
 
 また、原因がはっきりしないだけに根本的な治療も確立していません。
現在、日本国内でALSの治療薬として保険適応があるのは、グルタミン酸放出抑制剤のリルゾール(リルテック○R)のみです。リルゾールはALSそのものを治す治療法ではありませんが、多数の症例でALSの進行を遅くすることは実証されています。
 
 また、遺伝性ALSではSOD遺伝子の異常によるフリーラジカルの発生が脊髄の前角細胞を障害すると考えられているので、フリーラジカルを消去するエダラボン(ラジカット○R)が有効であるとう考えもありますが、ドラッグ・デリバリー(エダラボンがはたして脊髄の前角細胞に到達し、有効に作用するのか?)や治療期間などの問題点がまだ解決していません。
 
 
 いっぽう、ここ数年のうちにALSの 進行によって生じるさまざまな問題点を 解決する努力が成果を結んできています。
 
 
 たとえば、球麻痺による発語障害に 対しては、パソコンと携帯電話を用いた 意思伝達装置の開発がすすみ、メールで の会話にはなんの違和感もありません。 入院時、病棟においても、コミュニケーションが取れないときにメールで意志の疎通をはかることもしばしばあります。
 
 
 球麻痺はもう一方で嚥下障害をきたしますが、私の個人的な意見としてはALSの患者さんには経管栄養をお勧めします。
 
 経鼻的経管栄養では顔の周りが煩わしいだけでなく、長期間にわたって口腔内に異物を留置することになるので、胃瘻の造設をお勧めします。造設にあたっては胃カメラの検査程度の負担で済みますし、腹膜炎などの手技に伴う合併症は少なく、私が携わった患者さまではこのようなトラブルは皆無です。
 
 ただし、75歳以上のご高齢の患者さんでは、胃食道逆流などによる問題点があります。しかし、一般的には胃や腸を使ってしっかりと栄養をとることは、体力の衰えを防ぐばかりでなく、感染症の予防にもつながり、快適な療養生活を送るためには必要であると考え、皆さんにお勧めしています。
 
 
 避けて通ることのできない問題は、呼吸筋の筋力低下による呼吸状態の悪化です。呼吸のことだけを考えれば、気管切開や人工呼吸器を使った積極的な 換気をお勧めすることになるのですが、私は安易にお勧めすることはしない ようにこころがけています。
 
  積極的な換気をお勧めするには少なくとも3つの条件が整っていなくてはいけないと考えます。
 
 まず、第一にご本人の意思、第二にご家族の援助、第三にそれを支える 医療と介護のスタッフの総合力です。そこで、次回は呼吸療法とそれを支える地域医療のお話をさせていただこうと思います。

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