ALSの在宅療養を支えるー三重県四日市市の現状ー

笹川内科胃腸科クリニック 山中賢治 (みえalsの会事務局長)

 平成12年にALSの患者さんが私の診療所の近くに引っ越してこられ、往診することとなりました。私は消化器外科が専門のため、神経難病であるALS患者さんを診るのは初めての経験でした。当初、身近に在宅で療養されているALS患者さんがみえず、情報の入手が困難で、全てが手探りの状態でした。ナドヤドームへ野球観戦に一緒に出掛けるなど、楽しみながら患者さんと二人三脚で在宅療養のノウハウを蓄積していきました。その後、往診するALS患者さんが二人、三人と増えていき、私以外にも在宅療養を支える在宅主治医の仲間も増えて、四日市市では気管切開をして(人工呼吸器装着)在宅で療養される患者さんが9年間で5名となりました。
 
 三重は、JALSAの近畿ブロックに属していますが、三重の患者さんが近畿ブロックの総会や交流会に参加することは距離的に困難であったため、平成15年春に「みえalsの会」を立ち上げました。「みえalsの会」では、春の総会と秋の交流会、年2回の会報の発刊、コミュニケーション器機やインターネットの接続支援、メーリングリストでの交流などを中心に活動を行っています。また、「みえalsの会」では、三重大学医学部学生のボランティアグループが会の運営を手伝ってくれており、患者さんの夢を叶えるユニークな活動を行ってくれています。例えば“クラシックの演奏を大ホールで生で聴きたい”という人工呼吸器を付けた患者さんの要望に対して、学生達が自ら企画し、三重大学管弦楽団の演奏会のリハーサルに招待してくれたり、読みたい小説がある患者さんの要望に対して、朗読テープを作成してくれたりしています。医学部の学生達にとって、ALS患者さんと接することにより、彼等自身、将来、医師や看護師となる者として多くの学ぶところがあり、患者さんには一緒に学生達を育ててもらっています。
 
 最近では、大規模災害時に備えて、「みえalsの会」では平成20年春に“災害対応マニュアル”を作成し、平成20年11月と平成21年11月に四日市市で避難訓練を計5回実施いたしました。訓練には、地域住民の方々が参加され、患者さんをご自宅から避難場所の小学校の体育館へ実際に移動させ、停電に備えてアンビューバックの使用方法の講習を行い、実際に患者さんでアンビューバックを行って頂きました。いずれの患者さんも訓練以前は、地域住民の方々との交流も少なく、また地域住民の方々も患者さんが病気で療養中という事は知っていても、なかなか声を掛けずらかったようですが、訓練を通じて患者さんと地域住民の方々がつながる事ができたのも、非常に大きな収穫であったと思います。また、隣県のJALSA愛知支部とは、役員間の意見交換会なども行っています。大規模災害時には、隣県同士が相互に協力する体制作りも今後進める予定で、この“災害対応マニュアル”は、JALSA愛知支部へも提供させていただきましたので、愛知支部のHPからダウンロードできます。
 
 平成20年10月末時点の三重県内のALS患者数(県保健所の集計)は135名で、気管切開+人工呼吸器を装着している患者数は37名です。三重県全体では、気管切開を受けた患者さんの過半数が病院で入院生活を送っており、在宅で療養中の患者数は13名(35.1%)のみです。気管切開後に在宅に戻れるかどうかは県内でも地域格差が大きく、四日市市では、ALS患者数は22名、気管切開患者数8名中在宅療養患者数は5名(62.5%)と過半数が在宅で過ごしています。
  
 四日市市では、気管切開をして在宅療養されているALS患者さんが9年間で1名から5名に増えていきましたが、在宅療養を支えるポイントは、3つあると考えます。
 
 第一に往診してくれる主治医の確保、第二に訪問看護ステーション、ヘルパーなどの医療資源の確保、第三にレスパイト入院が出来るバックアップ病院との連携(病診連携)の確保です。このいずれが欠けても在宅療養の継続は困難になると考えますが、四日市市の場合いずれの点も確保できています。
 
 まず在宅へ往診する開業医の確保の問題ですが、一般に開業医には、「ALSをはじめ神経難病は難しくてみる事が出来ない」という先入観があり、三重県下の他の地域では、在宅での主治医の確保が難しいのが現状です。現在、四日市市では3人の開業医が5人のALS患者さんの在宅療養を支えていますが、いずれも神経内科以外の医師で、心臓外科医、脳神経外科医、消化器外科医です。共通するのは、様々な外科的処置にも対応できることと、人工呼吸器の扱いに慣れており呼吸器への抵抗感が無かった事があげられます。
 
 また医療資源の確保の点では、四日市市は三重県下で最も人口の多い都市(人口30万人)で、訪問看護ステーション(8施設)やヘルパーステーション(52施設)など医療資源の確保が比較的しやすい好条件が整っています。ただ、いくら医療資源が数的に確保出来ても、各事業所にALS患者さんの支援経験がないと実際に在宅支援していくことは不可能です。その点でも四日市市では、近くに在宅療養しているALS患者さんのモデルがあり、主治医を含めて各事業所の人々が療養中の患者宅を見学に訪れて、経験の共有化やノウハウの伝達が行われており、指導の下にヘルパー事業所による吸痰も行われています。
 
 最後に病診連携の点では、四日市市には三重県立総合医療センター、市立四日市病院があり、近隣の鈴鹿市に国立鈴鹿病院があり、これらレスパイト入院が出来る病院との連携が強固に出来上がっています。これらの病院の神経内科の先生方には、在宅療養の可能性を十分に理解して頂いており、「いつでも入院を受入れてもらえる」という安心感があるからこそ、開業医が頑張って在宅療養を支える事が出来ているというのが、四日市市の現状であります。

 
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