JALSA遺伝子検索とALS症状の多様性について

 成田有吾先生の写真

三重大学医学部附属病院医療福祉支援センター
            成田有吾(神経内科医)

 みえalsの会(MALS)が発足して1年が経ちました.会を立ち上げ,牽引してこられた皆様のご努力にこころより敬意を表します.また,このような発表の機会を与えていただきましたことを厚く御礼申し上げます.


 (先ず,最初に,三重県難病医療連絡協議会,およびH15年6月から着任の中井難病医療専門員の活動等のご紹介に少し時間をいただきました.)


 さて,本日は「JALSAの遺伝子検索とALS症状の多様性について」お話しさせていただきたいと思います.きっかけは,ある患者さんが私どもの外来に「JALSAの遺伝子検索」用の医師紹介状をもって受診されたことに始まります.ご自分でもよく勉強されている患者さんですが,それでもお判りになりにくい部分があったこと,この後,同様の研究協力を希望される方も出ていらっしゃるかもしれないことに動機づけられています.


 「JALSAの遺伝子検索」のことは,私も平成15年5月15日に横浜でJALSA主催の講演会で初めて知りました.概略は次の通りです.


 目的は,ALSの原因究明・治療法の早期確立及びQOL向上のための研究奨励に努める(JALSA H15度活動方針・事業計画4項)という方針の前段部分に則り,文部科学省リーディングプロジェクト(ゲノム解析)にALSも加わることです.このプロジェクトは今後5 年間に、42疾患30万人を対象とした遺伝子解析を行うものです.参加にあたっては,特に重症のALS患者への説明と同意( インフォームドコンセント)得る方法,採血においては他の疾患とは違った工夫を要するものですが,JALSAと徳州会病院関係者が熱心に努力されています.日本ALS協会 橋本 操 会長や療養支援部 平岡 久仁子 氏からのご案内と説明,およびH15年12月から610名程度の参加者で開始されることなどが会報に掲載されていました.H16年3月末時点での参加者数は,まだ400名程度とお聞きしております(JALSA事務局長金沢氏から).


 研究方法:研究の推進者は中村祐輔 先生(遺伝子多型研究センターグループディレクター,東京大学医科学研究所)です.本研究では,個人ごとの塩基配列の違い「遺伝子多型」ではなく,1塩基の違い:SNP(single nucleotide polymorphism, 一塩基多型に注目しています.遺伝子の“異常”ではなく“個人差程度の違い”であるSNPが、いくつも複雑にからみあって病気・症候と関連している可能性を統計学的知識を駆使して検討します. SNPは,個人間の1塩基多型としてヒトで約1キロベースに1つ程度,ヒトゲノム全体で約300万個もあると言われています.SNPは他のDNAマーカーと比べるとよりゲノム全体をカバーしている特徴もあるのですが,多すぎては検討できません.タグSNPを用いて,タイピングを検索する必要があるSNPを約5万ヶ所にまで減ずることができるようになっています.ある疾患のグループと正常人のグループのSNPのパターンや頻度を比較すればどのSNPがどの病気と関連しているかという情報が得られるのではないかと期待されています.そのためには,沢山の患者さんのご参加と,個々の患者さんの症状の詳細が解析に必要です.


 そこで,JALSAからの紹介状用紙には次のような項目が並んでいます.第一頁は,既往歴,家族歴が主体ですが,特に外傷の有無,スポーツや手術が挙げられています.運動ニューロンや筋の使用と関連するスポーツの項目が目につきます.第二頁めは,初発時期,初発部位に続いて,厚生労働省重症度分類(表1)や診断の確からしさなどが挙げられています.


 第3頁には,ALS機能障害度(ALSFRS-R)という項目が挙げられています.内容は表2にお示ししたとおりですが,ALSに想定される諸症状を12項目に分け,それぞれの項目を0〜4点で評価するものです.0点が最も良くない状態を,4点が最も良い状態を示します.合計得点では0から48点の値を取ります.さらに第三頁目には,経管栄養,補助呼吸装置,気管切開,人工呼吸器装着,リルテックの使用状況などが続いています.このように詳細な状況を調査する理由は,症状や経過とSNPとの関連を調べるためです.


 ALSケア,特に緩和ケアの基本として,「呼吸療養患者を含めたALSの「ケア」は、医師と患者・家族が対等な立場で、互いに情報を共有し合うことが確立されて、初めて考えられること」(JALSA 61)この点は大切なことと思います.判らないこと,ご不安なことなどがありましたら,中井専門員や私どもの所,また,MALSの会などにお寄せ下さい.


参考url:http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp/index_ja.html
(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター & 科学技術振興機構 )


http://members.at.infoseek.co.jp/bunseiri/
(1塩基遺伝子多型性(SNP)について)



表1.厚生労働省筋萎縮性側索硬化症の重症度分類

重症度1度  1つの体肢の運動障害または球麻痺による構語障害,日常生活不自由なし. 
重症度2度  各体肢の筋肉,体幹の筋肉,舌,顔面,口蓋,咽頭部の6体節の筋肉のうち,いずれか1つ
または2つの部位の明らかな運動障害のため,日常生活上の不自由あるも,日常生活は独力で可能.
重症度3度  上記6体節の筋肉のうち,3体節以上の部分の筋力低下のために,家事や職業などの社会的活動を継続できなく,日常生活に介助必要. 
重症度4度  呼吸,嚥下,または座位保持のうちいずれかが不能となり,日常生活すべての面で常に 介助必要.
重症度5度  寝たきりで,全面的な生命維持装置操作が必要. 

表2 ALSFRS-R

1.言語
  4.正常
3.軽度の言語障害
2.繰り返すと理解できる
1.言語以外の伝達方法を併用
0.言葉にならない
2.唾液
  4.正常
3.口に唾液がたまり夜間に漏れる
2.中程度に唾液が多く少し漏れる
1.明らかに唾液が多く,漏れる
0.絶えずティッシュ紙やハンカチをあてる
3.嚥下
  4.何でも飲み込める
3.時々むせる
2.食事内容の工夫を要する
1.経管栄養が補助的に必要
0.全面的に非経口栄養
4.書字
  4.正常
3.遅く拙劣だが判読できる
2.判読できない文字がある
1.ペンを握れても書けない
0.ペンを握れない
5.胃瘻ありかなしかのどちらか選択
  (胃瘻なし)食事用具の使い方
  4.正常
3.少し遅く拙劣でも介助不要
2.フォーク・スプーンは使えるが,箸は使えない
1.食物は誰かに切ってもらはなければならないが,何とかフォークまたはスプーンで食べることができる
0. 全面介助
  (胃瘻あり)指先の動作
  4.正常
3.ぎこちないがすべての指先の作業ができる
2.ボタンやファスナーを留めるのにある程度手助けが必要
1.身の回りの動作に手助けが必要
0.全く指先の動作ができない
6.着衣と身の回りの動作
  4.障害なく正常に着る
3.努力を要するが遅くても完全自立
2.時々介助あるいは工夫を要する
1.介助が必要
0.全面介助
7.病床での動作
  4.障害なくできる
3.努力を要し,遅いが自立
2.独りで寝返ったり,寝具を整えられるが非常に苦労する
1.寝返りを始めることはできるが,独りで寝返りをうったり,寝具を整えることができない
0.自分ではどうすることもできない
8.歩行
  4.正常
3.やや歩行が困難
2.補助歩行
1.歩行不能
0.意図した下肢の動きができない
9.階段をのぼる
  4.正常
3.遅い
2.軽度に不安定,疲れやすい
1.介助を要する
0.のぼれない
10.呼吸困難
  4.ない
3.歩行時にでる
2.食事,入浴,身支度のひとつ以上ででる
1.座位あるいは臥床安静時にでる
0.呼吸器が必要
11.起坐呼吸
  4.ない
3.息切れのため夜間の睡眠がやや困難
2.眠るのに支えとする枕が必要
1.座位でなければ睡眠できない
0.睡眠できない
12.呼吸不全
  4.ない
3.間歇的にBiPAPを使用する
2.夜間はBiPAPを継続する
1.夜間,昼間ともBiPAPを継続する
0.気管挿入または気管切開で呼吸器装着

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